皆さんこんにちは。

富山市山室の学習塾「茗溪進学会」塾長の澤木です。
読んでためになり、子供たちが幸せになるヒント情報を発信します。
どうかお付き合いください。

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先駆者になれ
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大リーグ・マリナーズのイチローが、現役を引退しました。

日本のプロ野球とアメリカの大リーグを通じて数々の記録を打ち立てた功績は私ごときがコメントできるものではありません。

その道を究めた超一流のアスリートが決めたことですし、本当にお疲れ様というほかはありません。

ギネス世界記録の日米通算4367安打という記録も大変な記録ですが、私はこの大記録の影の功労者の存在に目を向けたいと思います。

今でこそ多くの日本人選手がアメリカに渡って活躍していますが、日本人として初めてMLBに挑戦した選手の存在を忘れてはいけません。

その影の功労者とは野茂英雄です。

野茂選手は1994年には年棒1億4000万円の近鉄バファローズの看板投手でしたが、目標は大リーグ挑戦でした。

当時はまだMLBに移籍しようという日本人選手は誰もいない時代でした。

当然、移籍についての規約もなにもありません。

近鉄球団と散々すったもんだした挙句、野茂選手は自ら「任意引退」という扱いでMLBに挑戦します。

当時は自由契約(=クビ)にならない限り、アメリカで夢破れて日本プロ野球界に帰った場合でも、近鉄に保有権が残り、自由にプレーすることはできませんでした。

当時の野球協約には任意引退による球団の保有権が外国の球団にまで及ばないので野茂は文字通り背水の陣でメジャー球団と契約したのです。

野茂は1995年にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約(二軍選手)を結びますが、契約では年棒僅か980万円だったそうです。

その後のMLBでの野茂は
最多奪三振2回  MLB新人王 月間MVP2回
などなど立派な活躍をします。

しかし私が何と言っても野茂選手が立派だと思うのは「先駆者」だった点です。

他人の真似をするのは簡単です。

しかし人のしないことをする先駆者になって偉業を達成するというのは容易なことではありません。

この野茂投手の先駆者としての活躍がなければ、イチローであれ松井秀喜であれ日本人メジャーリーガーは誕生しなかったといわれるくらいです。

偉大な発見を最初にした人に贈られるのがノーベル賞ですが、松井秀喜選手に国民栄誉賞を贈るのであれば私はまず野茂英雄に贈るべきだと思うのですがいかがでしょうか。

どんな分野であれ、子供らには時代を切り開く先駆者になってもらいたいものだと思う塾長でありました。

では、また。☆彡

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